亡くなった親や祖父母の遺品を整理していると、思いがけない場所から、古い金庫が見つかることがあります。鍵もなく、ダイヤルの番号もわからない、その「開かずの箱」を前に、多くの遺族は、大きな期待と、少しの戸惑いを覚えることでしょう。「中には、現金や貴金属が眠っているかもしれない」。そんな期待が膨らむ一方で、「もし、開けてみたら、見たくないものが入っていたらどうしよう」「そもそも、勝手に開けても良いのだろうか」という、倫理的な葛藤も生まれます。遺品整理で出てきた金庫は、開けるべきなのでしょうか。その判断は、最終的には遺族に委ねられますが、いくつかの点を考慮する必要があります。まず、法的な観点です。その金庫が、遺言書で特定の誰かに遺贈する、と指定されていない限り、金庫の中身は、他の遺産と同様に、法定相続人全員の「共有財産」となります。したがって、金庫を開ける際には、原則として、相続人全員の同意を得て、全員が立ち会いのもとで行うのが、後の相続トラブルを避けるための、最も賢明な方法です。誰か一人が、勝手に業者を呼んで開けてしまうと、「中身を独り占めしたのではないか」という、他の相続人からの疑念を招き、深刻な亀裂を生む原因となりかねません。次に、中身の可能性についてです。もちろん、現金や貴金属、有価証券といった、プラスの財産が入っている可能性は十分にあります。しかし、その一方で、借金の証文や、未払いの請求書といった、マイナスの財産が出てくる可能性も、同じように存在します。また、故人の日記や手紙、写真など、極めてプライベートで、遺族が知ることで、かえって心を痛めるようなものが入っている可能性も、ゼロではありません。金庫を開けるという行為は、故人の最も深い秘密に触れる行為である、という覚悟も必要です。これらの点を踏まえた上で、相続人全員で話し合い、それでもなお、中身を確認する必要があると判断したのであれば、その時は、信頼できる鍵の専門業者に、開錠を依頼しましょう。その扉の向こうにあるものが、プラスの財産であれ、マイナスの財産であれ、あるいは思い出の品であれ、それら全てが、故人が生きてきた証であり、遺族が向き合うべき、大切な遺産の一部なのです。